夢か現実か・・・

今まで歌を口ずさんでいた三人の顔が急に引き締まった。 女は、澄慶と彩袋の事など、眼中に無いかのように口を開いた。
「何してるの?何度も電話をしたのよ」
「な、何なんだよ今ごろ」
「会いたかったの・・・」
学友は、少し顔をほころばせた。暗がりなのだが、澄慶と彩袋にはすぐにわかった。
「この女は誰?」
女は、彩袋を上目使いで見ながら言った。
「うるっせーなーお前は誰なんだよ!!」
澄慶が女の視界に無理矢理入って言った。すばやく学友が手を大きく広げ、澄慶を制した。
「良いんだよ!悪いけどお前達先に行ってくれないか?」
学友は本当に申し訳なさそうに普段なら絶対しないのに、深深と頭を下げた。 澄慶は女にもう一言、言ってやろうかと思ったが、学友を見ていると何も言えなくなった。
「じゃー先行くわ。行こうか阿袋・・・」
「あっ!はい・・じゃー店長ここで失礼します。今日はありがとうございました。明日いつもの 時間でいいですか?」
「あぁ・・また明日頼む」
澄慶は学友の顔も見ず、後ろ手にバイバイと手を振って帰っていった。 学友は、暗がりに消えていく二人の後姿を見えなくなっているのに、眼をそらさないでいた。
「学友!!」
学友は、その声にふっと我に帰った。
「あっあぁ・・すまない。何か用でもあったんだろう?どうしたんだ?」
「用事なんて何も・・・ただ、顔が見たかっただけなの。元気にしているかなって」
「俺は今すごく幸せだ。さっきの女の子、阿袋って言って俺の店で バイトしてもらってる。さっきの男、隣の小鳥屋の奴なんだ。面白い奴で・・・」
学友は、女と目を合わせず、違う方向を見ながら、聞かれてもいないのに必死で説明をした。 しかし女が、学友の話をさえぎった。
「そう・・幸せかぁ。いいわね幸せで・・・私は不幸せだったわ」
そう言うと女は、眼にかかるくらいの髪をかきあげた。その額には3cm程の傷があった。
「だから俺はっ!!必死でっ!」
学友が、何かを言おうとしたとき、女がまた学友の話をかき消すように言った。
「学友が!私に全然振り向かないからっ!確かにわがままばっかり言って困らせたりもした。 この傷が無ければ、もっと早く学友は私の前からいなくなったでしょ? あの事故は私にとって幸せだった。これで学友が私の側に居てくれるって。あなたに昔の思い出話を聞いたわよね。 本当に嬉しそうに愛しそうに話してくれた。私がそれになれればいいなって。でもなれなかった。 側にいると辛くて・・・だから自由にしてあげようと思った!! 早く忘れてしまおうって・・でもだめだった。本当にあなたを愛してるの。もうわがまま言わないから」
「その傷は悪かったと思っている心から。もちろん 今でも忘れた事は一度もなかった。これからも俺に出来る事はやっていくつもりだ。でも 俺は・・・君とは一緒に居られない」
「ちっとも変わらないのね。私に振り向かない所も・・・今他に好きな人がいるの?」
女の問いかけに学友は、俯き加減で、少し笑いながら小さく首を横に振った。
「俺は、自分でもびっくりするくらい不器用でね・・・一人の女の事を考える だけで精一杯みたいだ・・」
「あの話の人の事ね。あーどうして、私じゃなかったんだろう」
そう言うと、女は額の傷に手をやり、傷を剥がして見せた。ペリペリと音を立てながら、 傷が剥がれ、投げ捨てた。
「お、おいっ!!」
「あっ!ごめんね。騙すつもりじゃなかったの。確かに傷はあった・・・でもお父様が アメリカの優秀な整形外科医を探してくれて、三回移植手術をしたの」
女は額をぱちっと叩き笑顔で言った。
「よかった・・・」
学友は、怒るどころか肩を振るわせながら泣き、女の肩を抱いて、何度も良かったと言った。
「何?どうして怒らないの?拍子抜けしちゃうじゃない。これで開放されるって言う、嬉し涙なの?」
「違うよ。ほんとに良かったよ・・お前女の子だろ?額の傷のせいで、どんなに辛い思いをしたかと 思うとさ・・・でも本当に良かった」
「でもあなたを今でも愛してるって事は本当よ・・でもそれも今日で終わりなの。だから正確には愛してた」
「何で?」
「明日、婚約するんだ」
女は、少し上を向いて言った。暗がりのせいか、学友には涙を流しているように見えた。
「最後に会って、傷が無くなった事を伝えたかったの。あなたの事だから、きっと今も 心配していると思って・・・意地悪な方法とってごめんね」
学友は、何も言わずにコクリと頷いた。
「もしさっき、俺も愛してるって言ってたら?」
「やな質問・・・そうねー絶対言わないって解ってた。万が一言ってたら・・・駆け落ちね」
二人は大きな声で笑った。
「そうだ花屋は繁盛しているの?」
「ぼちぼちって所だな」
「協力しよっか?明日の12時に家に特大の花束持ってきて欲しいな・・私の好きな花覚えてる?」
「忘れてないよ・・・本当に良い花嫁になるよ・・・俺が器用だったら・・行ってた。あっ 澄慶にちゃんとお前のこと言っておかないと・・・あいつは本当は、良いやつなんだって・・」
女は泣きながら笑った。
「やりすぎたもんね・・・心配してるよきっと・・・あれぐらいしないと学友信用しなかったでしょ?」
「おめでとう」
「ありがとう」
二人は固く手を握り、握手をした。学友は女を車まで送っていった。
「学友も乗ってよ!送るから」
「あっいいよー夜風に当たって帰るから。たまにはゆっくり一人で歩きたいから。香港の街で こんなに人とぶつからなく歩けるっての少ないし・・さんきゅっ!」
「そう。じゃー気をつけて!明日特大の花束ヨロシクね!」
「解った!!おやすみ」
運転手つきのロールスロイスが学友の前を走り去った。全身真っ黒な車の後部座席のウィンドウが下がり、 白い手が出てきて、学友にバイバイと振った。学友も振り返した。学友は少し涼しい風を受けながら ゆっくり街を見まわし歩いていた。店の前まで来たとき、暗がりでしゃがみこんでいる澄慶を見つけた。 澄慶の足元には、缶ビールの空き缶が1,2,3,4・・6本転がっていた。
「オイっ!何してるんだよ?」
「学友・・学友・・・どこにいるんだ。学友・・・学友」
「オイっしっかりしろよ!俺はここにいるじゃねーか!」
慶澄は、そのまま学友の腕の中で眠ってしまった。仕方なく学友は店を開け、澄慶を抱きかかえ店の 中に運びこんだ。
「細・・・骨細だな・・こいつ・・女みてぇだ」
学友はぶつぶつ言いながら澄慶を運んでいった。店の奥にタオルを敷いて澄慶を寝かそうとしたが、 澄慶の腕が学友の首にしがみついていた。学友は無理矢理離そうとしたが、きゃしゃな割りに 力が強く、一向に離れなかった。
「オイオイーこんな所で一緒に寝るのか?」
そう言いながらも、仕方無しにタオルも敷かず寝ることにした。 澄慶の顔をチラッと見ると、顔の線がとても細く、睫毛が少しカールしていて 女の子のようだった。学友は少し変な感じになった。懐かしいような、何とも 言えない感じだった。
「やばいやばい・・俺は男。こいつも男・・何考えてんだ!!でも・・寝顔はかわいいかも・・起きてる 時は、かなりうざいけど・・・」
学友は空いている左手で自分の顔を2発叩いた。
「学友〜」
澄慶が名前を呼ぶので、学友はまた澄慶の顔を見た。
「だめだ・・照れる!!なんなんだ!!だめだってばーどうしちまったんだよ俺!!」
おかしくなっていく自分を止めようともがいていると、絡まっていた澄慶の腕が首から 外れ、体が自由になった。学友はあわてて店の外に走り出して、深呼吸をした。何度も 深く息を吸って、吐いて再び店の中へ入った。バスタオルを取りだし、 澄慶の体にバスタオルをかけた。
「学友〜」
澄慶は、寝言で学友の名前を何度も呼んだ。学友はその声に振りかえり、 再び澄慶の顔を覗きこむと、普段なら絶対に見れない、澄慶の寝顔をまじまじと 見つめた。すると澄慶が急に寝返りを打った。赤いハイビスカスが描かれている、 アロハシャツが少しはだけて、澄慶の背中が少し見えた。普段表に出ている、 腕や顔は色黒なのに、背中は透き通るくらいの白さだった。自分が誰なのかさえも 忘れた学友は、自然と澄慶の背中に手が伸びた。起きないかと内心ビクビクしていたのか、 壊れ物でも触るかのように、少し手が震えた。学友はあまりのきれいな肌と、感触に 驚いた。すぐそばで寝息を立てる澄慶の顔に、自分の顔をさらに近づけ 澄慶の頬にキスをした。学友はふっと我に帰り、 慌てて店を飛び出した。
「あぁぁぁぁっ!!!何をやってるんじゃー!!!」
何処へ行くとも無く、海街を叫びながら走り去った。 何時間たっただろうか・・・学友はふらふらっと店に戻ってきた。澄慶が心配そうにこちらを見ていた。 なんと言えばいいのか迷ったが学友はとりあえず口を開いた。
「お、おはよう・・起きてたのか?」
「おー!何やってたんだよ」
「すまん!」
「何が?」
「えっ?」
「こっちこそ、何か酔っ払っちまったみてぇで・・すまねぇ」
「いっやーそんなことは全然OKなんだけどよーさっきのことだけどさー」
「そうだよ!あのいけてねぇ女!!感じ悪すぎだろーよっ!!」
「えっ?覚えてない?!」
「何を?さっきの女の事だろ?」
「お、おおっ!あーあいつな!!ははっ!そうだよなーさっきの女の事ねっ!」
学友はほっと胸を撫で下ろし、さっきの女について説明を始めた。 名前は、莫倩玉22歳。香港で多数の不動産を抱える資産家の一人娘で、顔は目鼻立ちが はっきりしていて、世間で言うところの典型的な美人という感じだ。 今から三年前、庭の 手入れに女の屋敷に出入りしていたこと、その時自分の不注意で怪我をさせたことを話した。
「ハシゴに上がって草木の手入れをしていたとき、俺が良い景色だって言うと、彼女に せがまれてハシゴに登らせたんだよ。俺は足元にあった鋏を取ろうかと思って、 少し手を離してしまってな、そしたら彼女、バランスを崩して落ちたんだ・・・。 あいつの親父香港でも有名な資産家でさぁ、まじやばかったよ・・殺されそうになった。大事な 一人娘になんてことをぉぉぉってさ・・だから俺、出来ることは何でもやるつもりだった。 でもあいつが俺をかばって、親父さんに上手く言ってくれたみたいで、あいつの所から 離れることになったんだよ」
付き合ってはいないが、それに近かった存在だったこと、そして本当は良い奴だってことを話した。
「そうかーでも結婚するんだ、その倩玉って人・・・傷が治ってよかったな。もし治ってなかったら・・」
「いーや、あいつは、そんなことしないだろう。本当にわかってくれてるから。それに俺が・・」
そう言いかけて学友は止めた。澄慶もそれ以上は聞かなかった。
「そっか・・・もしまた来たら、俺にも紹介してくれよな!あやまりたいし、 友達になれそうな気もするし」
「あーあいつがごめんねって言ってたよ」
「うんもういい・・・よかったよ・・」
「そうだな・・・」
二人は初めて二人っきりでいろんな話をした。やがて朝が来た。


−続く−
阿蓮、後はよろしゅうおたの申します。あの謎の女・・・結局は自分でお片付けする羽目に。 自分で墓穴をほってしもうた・・・いかが?この続きも、続けやすいようにおねげいいたしそうろう
−JOAこめんと−
読者さま、変な展開でほんまにすまんこってす。あの謎の女もこんなノリで解決させたし・・・。 しかしちょっとだけ・・・ほんのちょっとだけ、進展したとおもいません??ご愛読ヨロシクです。
JOA上−2000/Oct/18


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